天神橋よりの川端風景
利神城「雲突城」の平福

利神城と平福の城下町

 かって平福の城下町を見下ろす、利神山の頂には利神城がそびえていました。 慶長5年(1660)、平福領2萬3千石の領主となった池田出羽守由之が5年の歳月をかけて築城致しました。
 利神城は3層の天守閣を誇り、あたかも雲を突くような威容から「雲突城」と呼ばれ、山麓には城主常御殿と武家屋敷、佐用川を外堀として、街道沿いに町人町を設けるなどして、整然たる区画の城下町が造られました。当時は、町屋300軒を数える繁栄ぶりでした。
 通説によれば、池田
出羽守由之の造った3層の天守閣があまりに壮大であったため、姫路城主・池田輝政の命により取り壊されたといいます。
 いまでは、平福郷土館に天守閣の鯱だけが、悲運の名城といわれた利神城の華麗な姿を物語っています。

 
 旧街道に沿って歩くと、格子戸のある平入りの家々・ナマコ壁や連子窓、細やかな装飾をほどこした「うだつ」が華やかりし時代を物語っています。
 平福は、城下町から宿場町へ、そして明治・大正時代には、市場町へと変遷し常に賑わいました。
 現在も、元禄年間から醤油造りを営む「たつ乃屋」や、池田氏の治世後松平氏による代官差配となった時代の代官所跡陣屋門、鳥取藩が本陣をおいた本陣の復元などがあります。
 
 街道から天神橋を渡って佐用川の対岸から眺めると、流れに沿って連なる蔵屋敷や土蔵が独特の川端風景を醸し出します。街道に面した母屋に対して、規則正しく積み上げられた石垣の上に土蔵や蔵や川座敷と呼ばれる離れが並び、家々の裏庭から直接川端へと続く川戸が有ります。

 街道の南の金倉橋のたもとには、「五輪書」序文の一説を記した石碑が有ります。ここは宮本武蔵が13歳の時、新当流の達人・有馬喜兵衛に初勝負を挑み、一刀のもとに倒したといわれる決闘の場所と言われています。 幼くして父母と死別した武蔵は、正連庵の道林坊の元で起居し、書を習い経を読み、行者山に登って修練したと言います。平福は剣豪宮本武蔵が華々しいデビューを飾った町でもありました。

 街道を北へと向かうと、家並みが途切れるあたりに、季節になると山肌を鮮やかに彩る「シャクナゲの里」があります。その昔、高野山の名僧を弔ったと伝わる法師塚に、1株のシャクナゲを植えたのがきっかけになりました。
 造園業・矢代守さんが、20年余りをかけて山の斜面を埋め尽くすまでに育てました。標高700m以上の冷涼な気候を好む日本シャクナゲが、低地で群生するのは全国でもあまり例がないと言われます。 毎年4月中旬〜5月中旬に150種1万5千本のシャクナゲが咲き競います。

 平福郷土館は、江戸時代の町屋を再現した資料館です。 利神城ゆかりの品々や商家の道具類や民具類などを展示しています。 午前9時〜午後17時まで 月曜日休館。

 農家のおばちゃん達が、人なつこい笑顔で声をかけ、自慢の野菜や手作り品が並ぶ「平成福の市」。平成6年智頭急行開業を機に、平福駅の駅前広場で毎日のように市が立ちます。 朝9時から午後17時まで(冬季は15時30分まで) 火曜日は休み。 一度寄ってみてください。

 □交通
  姫路駅よりJR姫新線佐用駅で智頭急行乗り換え、平福駅下車
  JR山陽線上郡駅から智頭急行普通で約40分平福駅下車
  中国自動車道佐用ICからR373号線北へ約3km

 □問い合わせ
  佐用町観光協会 TEL0790-82-2521
  シャクナゲの里  TEL0790-83-2833
  因幡街道平福市 TEL0790-83-2940

  平福郷土館    TEL0790-83-2635

 


旧街道の町並み 「たつ乃屋」近辺

復元された本陣

代官所跡陣屋門

平福郷土館

 

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